Isao Endo  遠藤 功

遠藤功が「現場力」を語るコラムをお届けします

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連載コラム「現場通信」

現場通信 vol.7 「プロ」とは何か?

[2008-04-11]

「Voice」5月号で、大前研一さんが「7百時間の勉強で人生が決まる」という主旨のことを寄稿されている。1年7百時間、必死に勉強し、何らかの専門性を身に付ければ、それが「経験一」となる。さらに7百時間勉強すれば、次のステップへと移行し、それが「経験二」となる。こうした“経験の階段”を登って、エキスパートに近づいていくのだと大前さんは主張する。
 7百時間が妥当かどうかは意見が分かれるところだが、こうした地道な勉強、努力なくして、専門性を究めることなどありえないという点についてはまったく同感である。
 最近の若者向けのビジネス誌などには、「プロになるためのXXX」とか「プロへの近道」など、プロフェッショナル指向を煽る謳い文句がやたらと多い。プロフェッショナルというキャリアを目指す若者が増えること自体は悪いことではないが、そのための「覚悟」がどこまであるかというと大いに疑問である。大前さんも指摘している通り、「7百時間という苦しみ」に耐えられない人が増えているのではないか。
 プロとは一般的には、「市場価値のある独自の専門性を持つ人」と定義されるが、市場価値とか専門性というのは所詮、結果にすぎない。その人がプロかどうかを見究める本質は、「我慢強さ」「忍耐力」にこそある。
 普通の人が楽しんだり、リラックスしている時に、どれだけ泥臭い努力をすることができるかどうか。プロへの道はけっして綺麗事ではなく、まさに「茨の道」である。
 私がプロフェッショナル・コンサルタントへの道を歩み出した20年前。32歳でボストン・コンサルティング・グループの門を叩いたが、最初の2年間は恐ろしいほど仕事をした。いや、コンサルタントとして“飯が食える”ようになるためには、せざるをえなかった。
平日は終電で帰るのが当たり前。ほとんどの土曜は仕事で潰れ、唯一のオフは日曜。しかし、日曜の夕方からは既に自宅で仕事に取り掛かっていた。当然、家族サービスやプライベートの楽しみの多くは犠牲にせざるをえなかった。
 振り返ると、1年8760時間(24時間X365日)のうち、5千時間近くは仕事に費やしていたのだと思う。2年間で約1万時間である。
 もちろん、駆け出しのコンサルタントであるから、覚えなくてはいけないことは山ほどあるし、要領も悪い。思うような成果(アウトプット)を出すことができず、帰るに帰れない状態にあったというのが実態である。
 しかし、この1万時間があったからこそ、私はその後コンサルタントとしてそれなりのキャリアを歩むことができるようになった。常にプレッシャーを受けながらの、濃密で鬱屈した1万時間。これに耐え、コツコツ努力を続けられたからこそ、プロフェッショナル・コンサルタントとしての技とマインドが身に付いていったのである。
 外資系の経営コンサルティング会社では、一般企業の3倍くらいのスピードで人が育つと言われている。若くして、経営者の目線でものを考える訓練ができるとか、幅広い業種や職種と接し、間口が広がるなどコンサルタントという仕事ならではのメリットはもちろんある。
 しかし、なぜコンサルティング会社で人が育つのかということを突き詰めると、それは一般企業では考えられないほど、仕事に時間を使い、没頭しているからにほかならない。プロへの近道など存在しないのだ。
 黒澤明監督のシナリオライターとして有名な橋本忍氏はこう語っている。「才能なんてあると思うな。才能というものがもしあるとすれば、それはどれだけ忍耐力があるかということなんだ。」
 泥臭い努力が継続できる能力。それこそがプロの最大の資質である。    
                                                                  以上

お知らせ:「Voice」5月号には私も寄稿しています。(「大論争!どうなる日本経済」という特集の中で)是非お読みください。